予備校の先生との恋、そして・・・

大学生の頃、私はある就職試験を受けるための専門的な予備校に通っていました。
大学の授業が終わるとまっすぐ予備校に向かい、そこで授業を受け夜遅くに自宅に帰るという日が、週に2~3日ほどありました。

科目によって先生が変わるのですが、通い始めてから数日経ったある日、初めて教室に入ってきた先生を見てドキッとしました。良い意味で先生らしくない20代のイケメンな先生だったのです。

それからその先生が授業に来る日がいつなのか日程表をチェックする日々が始まりました。
予備校へ勉強をしに、しかもそれは卒業後の進路がかかっているのにまさか恋愛なんて.....とは、当時の私は考えもしませんでした。

先生は、授業の脱線など全くせず(予備校なんだから当然ですね)勉強以外のことで学生と話したり触れ合うようなタイプでもなく、毎回授業が終わるとすぐ教室を出て行きました。

そこで、どうやったら仲良くなれるだろうと考えた私は職員室へ出向きわからないところを先生に聞きに行くようになりました。そのうち先生が私の顔と名前を覚えてくれるようになり、少し日を空けながらも定期的に職員室に通いました。

そんなある日の先生の授業中、学生が問題を必死に解いているその机の間をゆっくりと先生が進み、私のとなりに来たところでピタッと止まり、小さな声で優しく「解けるか?」と言ってくれたのです。

先生との距離が一気に縮まった瞬間でした。そしてこの日から変わったのは、わからないことを教えてもらうのは職員室ではなく誰もいなくなった教室になったということ。私たちはただの生徒と先生の間柄ではないということ、今まで曖昧だった感情が恋に動き出したことを、お互い認識したのです。

二人だけの教室では、勉強と少しの世間話以外何もありませんでした。それでも、顔の距離が近づいたり手がちょっと触れただけではもう動じないその関係性が、まさに付き合う前の二人そのものでした。

そしてようやく、先生が「試験が終わったら、ごはん食べに行くか?」と誘ってくれました。もちろん二つ返事でOKをして、毎日その日を楽しみに過ごしていました。しかしその待ちに待った初デートの日こそ、今までの気持ちが見事に一転する日となってしまったのです。

デート当日。
試験も無事に終わり、何も気にせず先生との時間を心から楽しめる日です。溢れんばかりの気持ちでにやけてしまう顔を隠しながら待ち合わせ場所に立っていると、間もなく先生の車が到着。

外は暗く先生の表情がまだ見えない、でもきっと先生も楽しみにしてくれているに違いないと期待しながら小走りで車に近づき、勢いよくドアを開けた瞬間です。そこにはいつもと違う先生が笑顔で座っていたのです。時が止まったかのような違和感でした。そしてすぐにそれが何かを理解しました。

服装が、とてつもなくダサかったのです。

そう、私が毎日目にしていたのは、黒やグレーのスーツに無難な色のワイシャツやネクタイをして革靴を履いた先生。高身長なのもあって、本当にスーツ姿が似合っていたのです。
学生の私は何も疑わずただスーツを着た色気ある大人の男性としか見えていなかったんだと気づきました。

そんな先生がこの日は、まるで田舎から出てきたばかりの青年のようにしわの入ったネルシャツにどこにでも売っていそうなゆるゆるのパンツを履き、絶妙に合っていないネックレスまでつけた姿で私を迎え入れてくれました。

車中で先生がいろんな話をしてくれるのですが、もう私は服装のことだけが気になってしまい話の内容が何も頭に入ってきません。

どうしよう、どうしよう、数か月もの間ゆっくりあたためてきた私たちの恋がこのままじゃ全て無くなってしまう、それだけは避けたい!と、ぐるぐる頭の中で考えていると、レストランに到着。先生は車から降りるとすぐに助手席の方へまわりドアを開けてくれました。
ひきつった笑顔で会釈をし降りようとした時、地面に足を滑らせてしまい、そんな私を支えようと慌てて手を差し伸べてくれた先生が巻き添えになり屁っ放り腰でドアにしがみついた情けない恰好を見せてくれました。そして先生の足元をふと見ると、いつもの革靴でした.....。

予備校も終わったのをいいことに、その日からじわじわとフェードアウトしていき、静かに恋が終わりました。

あ、もちろん、試験は不合格でした。

ペンネーム星