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【千葉】金川聡美(南流山子ども食堂)

病床で母親と約束した「元気になったら残りの時間は社会のためになる活動をしたいね。」その言葉を叶えるべく、南流山で子ども食堂を立ち上げた金川さんにインタビュー。

プロフィール

金川聡美

1981年生まれ。武蔵野音楽大学器楽学科ピアノ科、ポーランド国立ショパン音楽大学ピアノ科卒業。 在学中、ポーランドクラクフ室内管弦楽団と共演。 第6回マッサフラ国際音楽コンクール(イタリア) ピアノ部門Hカテゴリー第1位入賞。元つくば国際短期大学音楽教室、聖徳大学付属取手聖徳 女子中学・高等学校音楽科非常勤講師、現在は演奏活動の傍ら、アコルド音楽教室を主宰し後進の指導にも力を入れている。ピティナピアノコンペティション新人指導者賞、ヨーロッパ国際ピアノコンクール特別指導者賞の各賞を受賞。全日本ピアノ指導者協会(PTNA)指導者会員。

南流山子ども食堂代表。母の死をきっかけに「南流山子ども食堂」を立ち上げ、これまでに述べ2368食を提供。コロナ後は814世帯の困窮世帯に食材配布。その他、特に事情のある世帯に個別訪問の活動を行っている。

その他、小学校等での出前授業、地区社協、子育て支援団体、その他民間団体への講演活動を積極的に行っている。

母親との約束を果たすため、子ども食堂を始める

ピアニストであり、アコルド音楽教室を主宰するピアノ講師でもある一方、南流山子ども食堂の代表もやってる金川さん。2015年1月、お子さんが生後35日目のとき、母親の病気が発覚し入院。病床で「元気になったら残りの時間は社会のためになる活動をしたいね。」と一緒に話していたが、同年10月に他界。亡き母との約束を叶えたい、死の喪失感から抜け出したい、という理由でボランティア活動できるコミュニティーを探し始めた。

しかしいろんなボランティア団体に足を運んだり、問い合わせをしたが、金川さんが他に仕事をしていること、子どもがいるという理由で活動が出来なかったそうだ。自分が求めるコミュニティーに出会いたかったが、出会えなかったの。コミュニティがないなら自分で作ってしまおう、子どもがいても、仕事をしていても出来るボランティア団体を作ろうと決意。そして2017年「南流山子ども食堂」ができた。

子ども食堂を選んだ理由は、ピアノ教室に通っていた子ども達は、核家族が多い。地域のコミュニティ不足という問題を感じたからことから、その役割を持ち、子どたちを救いたいと思ったのが理由だと話す。子ども食堂は全国で6000箇所以上あり、流山市内でも数箇所存在する。それぞれ拠点とネットワークを作り、寄付などの情報共有や分配などを行なっているそうだ。メンバーは南流山で働いてる方、産休中の方、料理を教えれる方、パン作りが得意な方、地元消防団、保育の大学生、市議会議員など、多種多様な人材が揃っている。

新型コロナウィルスの感染が拡大する以前は、毎月1回子ども食堂を開催していたが、コロナ禍で集まって食べるとができなくなり、開催を停止した。しかし、コロナの影響で収入面で影響を受けた家庭があるいうニュースを聞いて、その家庭の支援にと、食材無料配布フードパントリーを実施している。フードパントリーでは、1対1で連絡を取り合いながらコミュニケーションを取っているそうだ。

お母さんや子どもたちと直接連絡取り合うことで、時にはDV被害に遭ってる被害から守ったり、相談に乗ってあげることもあるそうだ。核家族社会で、子どもにとってのよりどころという存在にもなっている。小学校での出前授業でも、『 頼れる大人が地域にいる 』ということを、子どもの頃から伝えておきたいと話す。仕事との両立で大変そうに見えるが、金川さん自身は楽しくやってると明るく返してきた。

支援される側から、支援したいと始める人も

2020年以降、コロナで生活が厳しくなってきたという方も増えてきている。そんな人たちを「たまたま元気でいられる私」が彼らの力と未来を信じ寄り添い続けてきた。支援するというより、信じて励まし続けたいという。そして、根気強く寄り添い続けて「あ~、〇〇さん少しずつ元気になってきたなぁ」と思う事が増えてきたある日、ある事が起き始める。

「これ必要なくなったので、どなたかにあげたい」

「今度はボランティアに参加してみたい」

「知り合いで困っている人がいて助けたいから協力してほしい」

など、これまで、苦境におられ「助けられてきた人達」が元気になったら、このように次々と言い出したのだ。そして、「ありがとう」と言われて、実際にますます元気になっていく親子の姿を見た時。これは生涯で絶対に忘れられない体験だと確信した。助ける、助けられるの垣根を超えた1つの「輪」のような優しいコミュニティーを作りたい。

これからどうしていきたい

「一人でも多くの人を愛して、自由に生きて、明るく死にたい」

団体運営としての具体的な夢は、子ども食堂の活動を社会に発信していきたい。そして優しい人を増やして社会の優しい「輪」を創造していきたい。

最初は、あそこがダメだ、ここがダメだと社会や相手に対して怒っていた。自分は弱者の味方で正しく良いことしているのに何故分かってくれないのかと。一生懸命、相手や社会を変えようとしていたが、相手も社会も変わらない。

ある時、その思考は本来の目的からいつの間にかズレてきてしまっていた事に気が付いた。自分の望みは「社会から正しいと認めてもらう」事ではなく「良い社会を作りたい」事のはず。

そうして常に自分と向き合いながら活動しているうちに、社会や目の前の不足・不満にフォーカスを当て怒りながら活動するのでなく、明るく、優しく、楽しく活動をしていくぞと決めた。

そこからは、活動に偏見や協力的でないと感じる所には自分の正論をたたきつけるのではなく、「こっちへ来て、こちらの窓から覗いてごらん。こんな景色がありますよ。」というスタイルであろうと思った。それが学校での出前授業や、各団体への講演活動に繋がった。

つまり、自分が変わる事を選んだ。相手を変えようとするのを一切やめたら、勝手に相手は変わりました。そして、更に先ほど述べた「支援されていた人が、今度は自分が支援したいと言い始めた」に繋がる。

何かを諦めたのではなく、本来の望みに立ち返った。そうしたら、少しずつ苦境にいた人たちが元気になり、行政や活動を知らなかった人達とも仲良くなれて、結果的に幸せになる人が増えてきたのを感じた。そんな彼らを見て私自身も幸せになる。そしてもっと幸せな人が増えたら良いなぁと思うようになった。彼らと私の中のエネルギーの循環、「輪」を感じた。

彼らを本当に愛するって何だろう?それは一緒に怒ったり、一緒に悲しんだりするだけではなくて、とにかく何時も明るく、「貴方が望めば貴方はもっともっと幸せになれるよ。ほら、ご飯食べよ。」と、おにぎりを差し出す事。軽やかでありながら、ご縁のあった人達の力を心底信じきる事だと思って活動している。

もちろん拒否するも、変わらないのも自由。その場合はただ静かに受け入れ傍らで見守る。こうして徹底的に相手や社会を変えようという意識を自分の中から手放した。彼らが「助けられてる人」から「誰かを助けたい人」に変わったように、明日、私が支援される側になる事だって大いにあるわけだ。だから、本来支援するもされるもない。助けてあげようだなんておこがましい。諸行無常。

人って根は皆一つの「輪」なんだと思います。だから優しい社会の「輪」を創造して、明るく死んでいきたい。

パッションポイント

料理とヨガが好き。誰かに何かを伝えるのが好き。

公式サイト、出版物など

南流山子ども食堂

アコルド音楽教室

チケット(私のできること、得意なこと)

・簡単なコンサート出来ます。
・全国どこでも講演(出前授業)に行き、子ども食堂の話ができます。

※チケットをお願いする時、『ソーシャルタウンガイド』を見たと連絡するとスムーズです。
※コンタクトはSNSのメッセンジャーから連絡をお願いします。

お気に入りの場所(ホーム)

スターバックスコーヒー南流山店
千葉県 流山市 木384-1
公式サイト

ヨガスタジオ・アミーダ
千葉県流山市おおたかの森西1-31-3ハナミズキテラス 3階
公式サイト

お気に入りの場所(アウェイ)

ワルシャワの旧市街

【じゃらん】国内25,000軒の宿をネットで予約OK!2%ポイント還元!

つながり

手塚純子(machimin)

・はしもとあや(イラストレーター)

河尻和佳子(流山市役所)

※つながりは、紹介したキーパーソンとのつながり、または今後インタビュー予定の方です。

取材後記

母親は太陽のようだという言葉があるが、まさに太陽のようにキラキラして暖かさがあって明るい笑顔がある。貧困やDVなどニュースで児童虐待の話を耳にする一方で、地域に根付ざし支援してるという話を聞くと、ほっとする。楽しくやれてるからこそ、そこにまた子どもたちが集まってくれるのだろうと思いました。(野田)

インタビュー・野田国広(編集部)
グリーンドリンクス川崎のオーガナイザーをはじめ、かわさき新聞などのWEBメディア運営、シェアオフィスのコミュニティマネージャーなどを勤める。福岡市出身、川崎市在住。
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